ひとりの人がイエスに近寄ってきて言った、
「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」。
(マタイによる福音書19章16節)
「どうしたら、永遠の生命(いのち)をいただくことができるか」
と、ひとりの人が主イエスに質問したのではありません。
「どんなよいことをしたら 永遠の生命を得る」ことができるか
そう質問したのです。
「よいことをしたら」ですから、行いを正せば「永遠のいのち」を、
いただけるものと思い込んでいたようです。
このひとりの人は、主イエスの質問に答えることができました。
「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。
父と母とを敬え。
自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」
「それはみな守ってきました」と、こたえました。
そこで、主イエスは次のことを問いました。
「もしあなたが完全になりたいと思うなら、
帰ってあなたの持ち物を売り払い、
貧しい人々に施しなさい。
そうすれば、天に宝を持つようになろう。
そして、わたしに従ってきなさい」
この富める青年は、主イエスのもとから立ち去ったとあります。
救い、永遠のいのちは、行いを追い求めても得られないのです。
では、何によって得られるのでしょう。
それは、信仰によって与えられるものです。
エペソ人への手紙2章8節には、このようにあります。
「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。
それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。」
(2017.5.31 日本イエス・キリスト教団 高和教会 聖書研究祈祷会から)
2017年5月31日水曜日
2017年5月24日水曜日
あなたがたは地の塩
あなたがたは、地の塩である。
もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。
マタイによる福音書5章13節
主イエスは、よくたとえをもって話されました。
あなたがたは、地の塩である。
地の塩、これは、たとえです。
これは、弟子たちに対して語られただけでなく、
クリスチャンは、地の塩であると言っておられます。
塩は、料理には欠かせません。
ステーキを焼くときには、肉に塩を降りかけます。
どんなに上等な肉でも、塩の一振りがなければ味気ないでしょう。
塩一つで、変化をもたらします。
クリスチャンとは、世の中に大きな変化をもたらす存在です。
主イエスの弟子たちは、世の中に大きな影響力を与えることのできる者たちではありません。
何が違っていたのでしょう。
それは、信仰です。
それだけです。
彼らが、主イエスが昇天されてから10日後 ペンテコステ(聖霊降臨)のときに聖霊体験をしました。
ペテロがエルサレムで最初の説教をしたときに、3000人の人々が洗礼を受けました。
このことを通して、エルサレム教会が誕生しました。
神戸には、賀川豊彦 がいます。
彼は、「生協の父」と言われています。
クリスチャン、賀川豊彦の名前と働きは神戸市民生協HPに記されています。
クリスチャンは、イエス・キリストを信じる信仰により、世の中に良い感化を与えるのです。
(2017.5.28 日本イエス・キリスト教団 高和教会 聖日礼拝説教から)
2017年5月22日月曜日
親を大切に
あなたの父と母を敬え。
これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。
出エジプト記20章12節
「あなたの父と母を敬え」
旧約聖書の十戒にでてくる大切な教えです。
「父と母を敬え」の、「敬う」とはどのような意味があるのでしょう。
人を尊いものとして、それを行動 や態度に表すことです。
親に対して、その子が孫がどう接しているか問われています。
「敬え」を「愛する」と言い換えてみることもできます。
牧師は、神の愛を聖書から語ります。
人を愛する大切さも話します。
愛を語るのは大切な働きと心得ています。
それは、愛に生きてほしいからです。
愛に生きるとは、愛を具体的に示していかなくてはなりません。
父母を敬うを、かたちに表すのは簡単でない場合もでてきます。
親が高齢になり、日常生活がこなせなると大変です。
私たち牧師夫婦にとっても、例外ではありません。
親と子である私たちが、離れて生活しているので、親の面倒を見るのは深刻です。
まったなしの現実問題です。
「父と母を敬え」は、私たちに祝福をもたらします。
「これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである」
とあります。
「あなたが長く生きるため」と、記しています。
親を大切にしたいものです。
5月14日は、「母の日」でした。
親を大切にする者に、神の祝福があります。
裏を返せば、父と母 特に年老いた者に、主なる神さまが心をかけておられるかがわかります。
神は、親を子に託しておられると受け止めなくてはなりません。
(2017.5.14 日本イエス・キリスト教団 高和教会 聖日礼拝説教から)
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