ひとりの人がイエスに近寄ってきて言った、
「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」。
(マタイによる福音書19章16節)
「どうしたら、永遠の生命(いのち)をいただくことができるか」
と、ひとりの人が主イエスに質問したのではありません。
「どんなよいことをしたら 永遠の生命を得る」ことができるか
そう質問したのです。
「よいことをしたら」ですから、行いを正せば「永遠のいのち」を、
いただけるものと思い込んでいたようです。
このひとりの人は、主イエスの質問に答えることができました。
「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。
父と母とを敬え。
自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」
「それはみな守ってきました」と、こたえました。
そこで、主イエスは次のことを問いました。
「もしあなたが完全になりたいと思うなら、
帰ってあなたの持ち物を売り払い、
貧しい人々に施しなさい。
そうすれば、天に宝を持つようになろう。
そして、わたしに従ってきなさい」
この富める青年は、主イエスのもとから立ち去ったとあります。
救い、永遠のいのちは、行いを追い求めても得られないのです。
では、何によって得られるのでしょう。
それは、信仰によって与えられるものです。
エペソ人への手紙2章8節には、このようにあります。
「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。
それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。」
(2017.5.31 日本イエス・キリスト教団 高和教会 聖書研究祈祷会から)
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